ブルーローズの花言葉

3月1日。ボクが生まれたとされる日。
人間だったら誕生したこの日を盛大に祝うのだろうけど、ボクにとってはただ自分が作られた日というだけだから「作られてからもう数年たったのか」としか思えなかった。
毎年この日はメンテナンスを行ってから仕事へ行き、寮へ帰る。その繰り返しだった。
だからボクは、誕生日をそれほど特別な日だと思っていない。

深夜。ボクの仕事が長引いてしまい、珍しくこの時間まで春歌のレッスンをしていた。
随分遅い時間になってしまったから、帰りは彼女を送っていかないと、などと考えながら帰り支度をしていると、春歌が何やらそわそわしていることに気づいた。
「美風先輩」
「なに」
春歌がとことことボクの隣に近寄り、時計を見やる。秒針が天辺にきたのを見届けてから、後手に隠していた箱を差し出してきた。
「お誕生日、おめでとうございます」
何のことだろうと一瞬首を傾げるけど、時計に表示された3月1日0時という文字を見て納得する。
「……ああ、そっか。今日はボクの誕生日だっけ」
あまり頓着していなかったからすっかり忘れていた。
差し出された箱を受け取ってから、開けていい?と聞くと春歌は頷いた。
「ええっと、食べ物……は、あんまり良くないかなあって。時計とかは個人の趣味もあるので、手が出しづらくて。なので部屋に飾れる物なら良いかなって……」
そういえば昔、春歌に食べ物は余計に電気を消耗すると言ったことがある。春歌はそれを覚えててくれたみたいで、ボクは不思議と胸のあたりが温かくなった気がした。

箱を開けてみると、プリザーブドフラワーに飾られた小さなピアノの置物が入っていた。ピアノの上には、色とりどりの花が鎮座している。
その中でも特に目立つのは青色の薔薇だった。不意にボクは、薔薇の花言葉を思い出した。
「青い、薔薇……」
春歌はもしかしたら、花言葉など知らずに選んだのかもしれない。青い薔薇の花言葉は【不可能】。
ロボット相手に不可能なんて、この先一生ロボット以外のものにはなれない、と言われているような気分だ。
でもそれは当たり前のことだし、ロボットなんだからショックを受けるのもおかしい話だけど。

自嘲気味に笑うボクを見て、春歌はきょとんとしている。ボクは春歌に向き直り、青い薔薇を指さした。
「知ってる? 青い薔薇の花言葉は、不可能……」
言いかけた時、春歌がボクの声に自分の声を重ねてきた。
「いいえ、不可能だけじゃないんですよ。奇跡、とか夢が叶う、って花言葉もあるんです」
春歌が珍しく大真面目な顔をして言うから、ボクは少し面食らってしまう。どう返したらいいのか戸惑っていると、ボクの空いている方の手を春歌の柔らかい手のひらが包み込んだ。

「先輩は確かに普通の体ではありません。でも、あなたには心がある。それはまれに見る奇跡です」
電池の切れた機械が動きを止めるように、大きな古時計が止まったように。ボクもいつかは停止してしまうのに。どうして彼女は、そんな言葉を投げかけてくれるんだろう。

「……どうしてキミは、ボクなんかにそんなにしてくれるの。ただのロボットなのに」
「美風先輩はただのロボットなんかじゃない。立派な……人間、です。わたしがテレビで見たロボットは、表情も硬いし言葉もあらかじめインプットされたものを喋っていました。けど、あなたは違います」
だって、自分の意思で言葉を話しているし、今とっても嬉しそうな顔をしていますよ。
そう言われてからボクは頬の口角が上がっていることに気づいた。博士はいつの間にこんなプログラムを仕組んでいたんだろう。
それとも、ボクが意識しないうちに勝手にやったのだろうか。春歌はボクの顔を見つめながら、優しい笑みを浮かべている。

そんな彼女を見ていたら、胸の奥から穏やかな感覚が芽生える気配を感じ取った。
自分の持つデータを総動員して一際近いものを引っ張ってみると、それは嬉しいという感情だった。
きっとこれは春歌のおかげで芽生えたものだ。春歌と出会えないままだったら、おそらく普通のロボットのように何も得ずに日々を過ごしていただろう。
今日だけじゃなく、春歌はいつもボクに音楽と感情を与えてくれる。

「春歌」
「はい」
「ありがとう」
ボクがお礼を言うと、春歌は破顔した。お礼ついでに彼女の額に口付けを落とすと、今度は面白いくらいに慌てていた。
ボクは笑いながら、ほんのりと朱色に染まった頬を見て「愛おしい」と思った。
プログラムから成り立つこの体で彼女を幸せに出来る確率は、正直、無いに等しい。それでも許される限りは、春歌の傍にいたい。

「さて、帰ろうか。遅くなっちゃったし部屋まで送っていくよ」
「ありがとうございます」
レッスンルームの扉を開け、隣でゆっくり歩く春歌の歩幅に合わせて歩いた。

いつまでも、いつまでも、奇跡を信じて。
最期の瞬間まで、キミの隣にいると誓おう。

3月1日。それは大切な人のおかげで、ボクに穏やかな感情が生まれた、特別な日。