思春期翔年の続きです

翔年は春に惑わされる

最近、春歌の様子が変だ。といっても性格的な部分に変化は無く、普段の行動などに疑問を抱く場面が多い。
まず、スカートの丈が日に日に短くなっていた。
思えば一緒に映画を見た日からずっと春歌はミニスカートを履いている気がする。
膝上10cmだったものが今となっては膝上20cmくらいになっていて、さすがに短すぎやしないかと思ったが中々口を挟めずにいた。
気にしない振りはしているが会って二人きりになる度、視界に春歌の生足やら胸の谷間が視界に入ってくると戸惑ってしまう。
俺だって男だし、好きな奴の肌が目の前にあったら触りたくなる。

服装だけならまだ我慢はできるがそれだけじゃない。
同じ部屋にいると、やたらくっついてくるのだ。
例えば雑誌を見ている時やテレビを見ている時に隣に座るのは日常茶飯事だったが、近頃は特に距離が近いような気がする。さらに何となく密着しているような気さえする。
悩みがあって甘えているのかと勘ぐり聞いてみたところ、仕事上の悩みは無いと言う。
それならば、一体どうしたというんだろう。
あまり刺激的な格好で傍にいられると一人前になるまでは、と耐えていたのにその苦労が水の泡になりそうな予感がして、俺はどことなくそわそわと日々を過ごしていた。

今日も春歌は丈の短すぎるスカートを履いていた。下手したら体を傾けただけでも下着が顔を出しそうだ。
流石に外出するときはここまで短いものは履いていないようだけど、短くなった丈を戻してもらわないとそろそろ俺の理性が保たない。
「お前さ、なんで最近ミニスカートばっか履いてんの?」
視線はテレビに向けたまま、隣に座った春歌に問いかける。
「似合わないかな?」
春歌が可愛らしく首を傾げたので、俺も合わせて首を傾げる。
「いや、そうじゃなくて」
似合わないとかではなく、俺が目のやり場に困っているだけで。でもその言い方をすると、春歌をいやらしい目で見てますと自己申告しているようで気が引けた。
「……手、出してくれないの?」
どう伝えればいいか逡巡し目を泳がせていたら、春歌がぽつりと呟いた言葉を危うく聞き逃しそうになった。
「……え?」
聞き間違えかと思い恐る恐る聞き返すと、春歌が恥ずかしそうに頬を染めた。どうやら聞き間違えではなかったようだ。思わずソファの上で後退りをする。
「お前、何言って……っ」
「こ、この前翔くんが載ってた雑誌に、男性の誘い方という特集が組まれてて……」
この前載ってた雑誌というと、例の色気のある下着が載っていた雑誌か。そういえば映画を見たあと、春歌に渡していたなと思い返す。あの雑誌、そんな特集組んでたのか……。
何てものを渡してしまったんだと両手で顔を覆う。春歌は相変わらずもじもじと手を組んでいた。
「……その、付き合ってもう何年も経つし。今よりもっと翔くんと仲良くなりたいなと思って……あの……」
そう言って、俺のシャツの裾を引っ張ってくる。うるうる揺れる瞳と上ずった声に俺は生唾を飲み込んだ。
したいかしたくないかと問われたら、もちろん前者だ。でも、良いんだろうか。
「良いのかよ……痛い思いするのも辛い思いするのも、お前なんだぞ」
問いかけに対して覚悟を決めたように手を固く握り、春歌は俯いた。
「それでもいい」
深く息を吸い、数秒たっぷりと間を置いてからぎゅっと目を閉じ、頬を上気させる。
「……わたしを、翔くんのものにしてください」
俺は春歌との距離を詰め、
「本当に良いんだな」
そう尋ねると同時に、壊れ物を扱うような力で春歌の頬に触れる。
頷く春歌の睫毛が、少しだけ震えた気がした。


「ん、……っふ、ぁ……」
舌を絡めあいながらベッドの上で二人抱き合っていた。
口腔をかき回すと春歌がくぐもった声を出すので、俺はそれが聞きたくて、ずっと唇を重ねていた。
上手く息を吸えないのか、お互いの唇に僅かな隙間が出来る度、春歌は浅い呼吸を繰り返す。
うっすらと滲む涙を親指で拭いながら口づけの角度を何度も変え、深く、深く貪った。
「……んん、ぅ……」
「ん……春歌……」
いつだったか春歌は、俺と一緒にいると音楽が湧いてくると言っていた。聞いた時は軽く受け流してしまったけれど今ならわかる。
春歌の甘い声、切ない吐息が俺の中に蓄積され、ひとつの音楽になっていく。
音の海に呑まれる感覚が気持ちよく、いつまでも触れ合っていたくなる。
俺は春歌の細い体を壊さぬよう、出来る限り優しく抱きしめ――

そうして、お互いの音色を重ねあわせて朝を迎えた。

***

目覚めると、春歌が隣で寝息を立てていた。お互いの格好に昨夜の出来事を鮮明に思い出してしまい、一人赤面する。
「やっちまったんだよな、俺達」
安らかな寝息を立てる愛しい寝顔を見つめる。
余程疲れさせてしまったのか、春歌はなかなか目を開かない。
早く起きて欲しい気持ちと、まだ顔を合わせるのは恥ずかしいという気持ちが自分の中で綯い交ぜになるのを感じつつ、眠る春歌の頭を撫でた。
「……ん」
ゆっくりと開いた目と視線が絡む。
おはようと挨拶を交わし無言で見つめ合っていると、春歌が目を細め俺に抱きついてきた。
「ねえ翔くん」
「ん?」
「わたし、今とっても幸せです」
「……ああ。俺も、幸せだ」
抱きついてきた細い体を抱きしめ返し、どちらからともなく顔を近づけ、触れるだけのキスをした。