付き合ってからいつまで経っても照れ屋な春歌に翔は物申すが……。

はにかむっ

その日、俺は新曲の打ち合わせを兼ねて春歌の部屋に遊びに来ていた。
「春歌、ここの歌詞なんだけどさ」
貰ったばかりの楽譜に歌詞やメモを残している最中、自分以外の意見が欲しくてピアノと向かい合っている春歌に尋ねる。
「……」
……あ、ダメだ。集中モードに入ってて聞こえてなかったみたいだ。
俺は立ち上がり、彼女に近づいた。
「ちょっといいか?」
ぽん、と肩を触りながら顔を覗くと、春歌はびっくりした様子で立ち上がる。
その時、一瞬だけ俺たちの顔が近づいた。
「っ! ご、ごめんね……!」
少しでも前のめりになれば唇が触れそうな距離に春歌は目を丸くして、ついでに顔を真っ赤にしている。
その様子を見た俺は、腕を組んで話しかけた。
「お前ってさ、ちょっとしたことですぐ照れるよな」
「そう……かも?」
春歌はじっくりと考えた末、首を縦に振る。
今日この部屋に来て数時間は経過してるけど、手が触れたりするだけで春歌は頬を赤らめていた。
「そんなに何回も照れてたら疲れねえ?」
「うーん……」
尋ねてみると、春歌はなんとも言えない表情をした。
多少なりとも疲れるんだろうな。
手を繋いだり、言ってしまえばもっと凄いことだってした事あるのに。
こんなことでいちいち照れてたら、心臓持たないんじゃねーの? って思っちまう。
それに、付き合ってからしばらく経ってるし、そろそろ距離が近いのに慣れてもいいんじゃないか……なんて。
俺の独りよがり? と思いながらも、俺は春歌の背中を押してソファに座らせた。
「よし、特訓だ」
「と、特訓?」
「ああ。ちょっとずつ接触を増やしていって、慣れていこうぜ。あんまり照れすぎてると疲れんだろ」
向き合って腰掛け、春歌の手を取る。
「手に触るのは平気か?」
「うん、大丈夫」
ピアノ弾いてるからか、春歌の指は細くて長くて……俺とは違う、女の子の手って感じがする。
この指先が色んな曲を生み出してるんだなと思うと感動を覚える。
けど、白くてすべすべしてる手に触るうちに、俺の方が心拍数が上がってきた。
……やばい、俺がドキドキしてどうする。
こほん。咳払いをひとつして、今度は春歌と目を合わせた。
「目を合わせるのは?」
「……それも大丈夫」
じっ、と視線を交わす。
綺麗でまっすぐな目だ。
この温かい瞳に俺はずっと見守られてきたんだよな……。
と、感傷に浸りかけて我に返る。
「じゃあ……さっきみたいに、顔を近付けるのは?」
「……っ」
身を乗り出すと、春歌は息を呑んだ。
見る見るうちに耳まで赤くなっていく。
キスはしたことあるだろって言いたいけど、言ったところで照れるのは変わらないんだろうな。
俺は苦笑いをして春歌から手を離した。
こういうのって多分、ちょっとずつ慣れてくしかないんだろう。
というか、照れてこそ春歌というか……急に大人の色気とか出されても俺が困るし。などと自己解決をしていると。
「あ、あのね、翔くん」
さっきよりも体温の上がった春歌の指先が俺の手を掴む。
「うん?」
「ドキドキすると、ちょっと疲れる時もあるけど……おんなじくらい、翔くんのこと好きだなって思うから。……嫌じゃないんだ」
春歌はそう言って頬を薄桃色にして、はにかんだ。
「……!」
目を伏せながら話すその顔がすげー可愛くて、今すぐキスしたい衝動を堪える。
手を出したら特訓どころじゃねぇ……。我慢だ、我慢。
だけど春歌は、そんな愛らしい表情を浮かべたまま小首を傾げ、顔を覗き込んできた。
女子特有のいい匂いが鼻をくすぐって、大好きな女の子が目の前にいるんだって改めて実感する。
「翔くん、どうしたの?」
そんなことされたら、今度は俺が照れる番。
こんなんじゃ最初の目的は果たせない。でも。
……ちくしょう、可愛いから全部許す!