綴った言葉

楽屋で収録の準備をしている蘭丸に、嶺二が目を輝かせて話しかける。
「ねぇランラン! 今日は恋文の日なんだって!」
「だからどうした」
「どうしたって、ほら、あのさー」
体をくねらせ、恥じらうように目を逸らす嶺二を蘭丸は面倒くさそうに交わす。
楽屋内には二人しかおらず、何を話しても周囲に漏れることが無いため、嶺二はうきうきとした表情で蘭丸の恋人のことを話し始めた。
「後輩ちゃんにラブレター書いたりしないのかなって」
「はあ?」
蘭丸が冷えた目で見据えると、嶺二はどこからか可愛らしい便箋を取り出し、蘭丸に押し付けた。
「うわっ、こわ! 睨まないでよ~! これさっきスタッフの子に貰ったから、ランラン使いなよっ」
そう言ってから嶺二は先にスタジオ行ってるね、と逃げるように楽屋から飛び出していった。
「くそ、なんなんだよ」
そうして、楽屋には蘭丸と便箋のみが取り残された。
押し付けられた便箋を一瞥すると、蘭丸は苛立たしげに筆記用具をもう片方の手に持った。

***

収録が終わり、蘭丸が春歌の待つアパートに戻ったのは日が暮れた頃だった。
「帰ったぞ」
靴を脱ぎ、玄関を上がるとエプロンをつけた春歌がにこやかに声をかけてきた。
「おかえりなさい。ご飯にしますか? それともお風呂にしますか?」
「汗かいたから風呂にする」
「では、お風呂沸かしてきますね」
スリッパの音をリビングに残し春歌が脱衣所へと入っていく。
その後ろ姿を眺めてから、蘭丸は明日の予定を確認しようと鞄から手帳だけを取り出した。鞄の方はそのまま投げるように床へ置く。
すると鞄を置いた音に気づいたミケが蘭丸に近づき、おかえりと言うようににゃあと鳴いた。
蘭丸はミケの頭を一撫でし、テーブルの上に手帳を広げる。
頭を撫でられて満足したのか、ミケは蘭丸の元を離れ鞄の横に寝転がろうとして、鞄から飛び出ているものに気づきそれで遊びはじめた。

ちょうど同じタイミングで春歌が部屋に戻ってきて、一匹で遊んでいるミケを覗きこむ。
「あれ、それどうしたの?」
春歌がそう聞くと、ミケは遊んでいたものを差し出すように咥えて春歌に渡した。
「春歌へ……?」
自分の名前が書かれた便箋をミケから受け取り、中に綴られた言葉を見たところで春歌は動きを止めた。
「……蘭丸さん、これ」
春歌の声にそれまで食い入るように手帳を見ていた蘭丸が振り向く。
そして春歌が手にしている便箋を見て、他人が見たら面白がりそうなほど狼狽した。
「ばっ、おま、それ見るな……」
慌てて止めようとしたが既に遅く、春歌は便箋と蘭丸の顔を交互に見比べる。
「も、もう見てしまいました」

中に綴られていた「好きだ、愛してる」という飾り気の無い文章は、とてもシンプルなものだったが何よりもまっすぐ春歌の心に沁み入る。
「くそ、渡すつもり無かったのに……それはだな、嶺二が恋文の日とか言って無理やり紙を押し付けてきて、捨てるのも勿体ねぇと思って」
弁解するように言ってからガシガシと頭を掻いたところで、蘭丸は春歌の表情を見て驚愕し、春歌と同じように動きを止めた。
「お、おい。なんで泣きそうになってんだよ」
「嬉しくて……」
そう言う声は少しだけ震えていた。と思ったら、次の瞬間には春歌の大きな瞳から、大粒の涙がはらはらとこぼれ出す。
「わたしも、蘭丸さんが好きです。――愛しています」
「……おう。気の利いたこと書いてやれなくて悪い」
蘭丸がそう謝ると、
「他のどんな文章より、蘭丸さんの綴った言葉の方がわたしには伝わるんですよ」
春歌は嬉しそうに涙を拭い、便箋を大事そうに抱え込んだ。
蘭丸はそんな春歌を抱きしめ、今度は直接「愛してる」と春歌の耳元で囁いた。