寝ても覚めても

二週間の出張ロケは、同じ番組に出るレンと過ごしていた。

本日分の収録も終わり、宿の部屋に戻ってきて早々、レンがベッドに寝転びながら話しかけてきた。
「おチビちゃん、なんだか不満そうだね」
「チビ言うな」
俺は歯を出すように威嚇し、枕に顔を押し付ける。ロケが始まって一週間と何日か経った。
本来なら番組のBGMを制作する春歌も一緒に来るはずだったが、急な依頼を受けてしまった為、今回は不参加となった。
メールでの「おはよう」や「おやすみ」などのやり取りは毎日欠かさなかったけれど、電話をする時間はなかなか取れず、離れてから春歌の声も聞けずにいた。
「はあ……」
ベッドの上で大の字に転がり息を吐く。春歌は今何をしているんだろう。
あいつはぼんやりしているから、俺がついていないとすぐ道に迷うし、ドジを踏むし……もしかしたら変な男に付きまとわれているかも。
ふかふかとした布団の感触を楽しみもせず、ごろごろとため息と共に転がる。隣のベッドに寝転んでいたレンは肘をつきながら、面白そうなものを見るような目でこちらを見ている。
「レディのことが心配かい?」
そんな目で見るんじゃねえ、と心の中で思う。自称愛の伝道師であるレンは、ことごとく俺と春歌にアドバイスと言いつつ突っかかってきた。
ありがたく受け取るときもあるが、俺たちをからかうような内容のときもあり、俺は積極的に春歌の耳を塞いでいた。
案の定、レンの口から出てきたのはろくでもないどころかとんでもない発言だった。
「おチビちゃんがいない間、男に言い寄られてたりして」
「……」
たった今まさにそれを心配していたとも言えず、押し黙る。
「レディも年頃の女性だし、まんざらでもなくついていったり――」
言いかけたとき、思い切りレンを睨みつけた。冗談だろうと察しはつくが、言っていいことと悪いことがある。
「それ以上言ったら今すぐ帰る」
「冗談さ」
レンは目を細め、仰向けに転がった。釣られて俺も天井を見る。
ホテルの白い天井は、住んでいる寮のものによく似ていた。

仕事を貰えることはありがたいし、貰った以上は全力で取組む。
でも俺がいつも頑張れるのは、もちろんファンの皆や周囲のスタッフのおかげでもあるけど、何より春歌が隣で支えてくれているからだ。
あいつが笑顔でお疲れさま、とか言ってくれるだけで、疲れもすべて吹っ飛んでしまうんだ。
(春歌に、会いたい)
たった二週間会えないだけでこんなにも気が滅入るなんて思わなかった。
春歌と『そういうこと』をしてから、なんだか今まで以上に欲深くなってしまった気がする。
隙さえあればキスをして、肌に触れて、気持ちを伝えて、そうして二人で微笑み合っていた。今はそれどころか声を聞くこともままならない。
「もう少しの辛抱だよな……」
あと数日、頑張れば春歌に会えるんだ。ここでくじけている場合じゃない。
俺は自分に気合を入れようと頬を思い切り叩く。パチン、という音に驚いたのかレンは瞠目していた。

***

「ただいまー」
二週間に渡るロケがようやく終わり、春歌に連絡もせずそそくさと寮へ帰ってきた。メールの手間も惜しむほど早く春歌に会いたかったのだ。
玄関の鍵を開け、室内に入る。鍵の開く音に気づいたのか、キッチンから出てきた春歌と鉢合わせになった。
エプロンをつけているところを見ると、多分夕食の支度をしていたんだろう。
「翔くん、おかえりなさい」
花が綻ぶかのような笑みを浮かべ、抱きついてくる。
「俺がいない間、大丈夫だったか?」
「はい! 急に入ったお仕事も終わりましたし、絶好調です!」
春歌はハキハキと、両手に握りこぶしを作りながら答える。この様子だと変な男に言い寄られたり、留守の間に悩み事が出来たとかは無さそうで一安心した。
春歌の肩に顔を埋める。俺の髪が触れてくすぐったいのか、春歌がくすくすと笑っている。
「……ただいま」
「うん、おかえりなさい。お疲れさま」
会えなかった期間を埋めるかのように春歌を抱きしめてから、片方の手で春歌の顔を少し上へ向ける。
これから先起こることを予測したのか、春歌はそっと目を閉じた。
「……ふ、……」
口づけは次第に深くなる。息をつく間も無いほどに唇を求め合い、その場に倒れこんだ。
春歌の顔の横に手をつき、ゆっくりと衣服を剥ぎ取り始める。二週間ぶりの春歌の香りに、俺は酔っていた。

エプロンと脱げかけた服の間から下着が見え隠れし、とてももどかしい。
いっそ全部脱がせてしまおうかと考えたけれど、そういえばここは廊下だったと思い出して、止めた。
スカートの下へ手を潜り込ませると、春歌が身を捩って俺を涙目で見つめてきた。
「……あ、ごめん。嫌か?」
「……」
春歌は口を閉じたまま、答えようとしない。嫌なら嫌と言う奴だけど、断りにくいのかもしれない。
嫌がる春歌を無理やり抱くなんて事出来ないから、頭を冷やすためにも一度身を離した方が良さそうだ。
体を離そうと腕に力を入れる……が、体が離れない。なぜだろうと春歌を見ると、震える手で俺の服を掴んでいた。
「春歌……?」
「ここじゃ、ちょっと恥ずかしいだけ……」
朱に染まった頬と目に浮かぶ涙は、俺の理性を飛ばすのに十分な材料だった。

いつの間に俺はこんな風になってしまったんだろうと、白い意識の中で思う。
寝ても覚めても、春歌のことばかり考えている。