シークレット・ガール

学園時代の同期と突然の再会を果たしてから、早数日。
最初は月宮先生も含めての打ち合わせだったけど、先生は自分の仕事が入ってしまったらしく。
途中からは俺と七海、二人きりでの打ち合わせをすることになった。

話しているうちにわかったこと。
学園時代と変わらず、七海の作る音楽は色褪せない――どころか、すげえ進化してた。
キラキラした音の粒が弾けてるみたいで、聞いているだけでワクワクして血潮がたぎってくる。
だけど作曲面はずば抜けているのに、七海は結構ぽーっとしているところがあって。
楽譜を床にバラ撒いちまったり、電源コードに足を絡ませたりとどじを踏むことが何度もあった。

……それと、話していても俺が同期本人だと気づきそうな様子もない。
七海との会話はその日の天気だとか、曲について打ち合わせだとか当たり障りないものばかりだったけど――
「まず音域の確認をさせてください」
そんな一言から、俺達はレコーディングルームへと足を運ぶことになった。

七海がピアノでポーンと音を鳴らすのと同時に、俺も歌える範囲で声を出していく。
一通り歌ったあと、七海は顎に手をやって考え込むそぶりをした。
その表情はいつもと違って真剣なものだったので、じわっと汗が出そうになる。
(やべ、バレたか……?)
今までは話すだけだったからなんとなくごまかせたけど、やっぱり歌うとなると男の歌声だと分かってしまうのかもしれない。
「唯ちゃん」
「っはい!」
緊張のあまり冷や汗をにじませながら返事をする。
ところが七海の言葉は、俺の予想とは別のものだった。
「唯ちゃんの声は思っていたよりも低くって、ハスキーで……でも、素敵な歌声でしたっ」
「え」
ぱちぱちと拍手をする七海に、目をぱちくりさせる俺の図が出来上がった。


音域を確認をした後もスタジオの椅子に二人で腰掛け、打ち合わせは続いていた。
七海がメモを取りつつ話を振ってくる。
「唯ちゃんは普段どんな音楽を聴きますか?」
ノートにいろいろ書き込みをいれながら七海が問いかけてくる。
女の子らしい答えを返すべきなんだろうけど、あいにく女子が好きな曲はあまり詳しくなかったので、正直に答えることにした。
「えっと……ケン王のテーマとか、好きだな」
「ケン王……」
「あのハードボイルドで男気のある姿、かっこよすぎる」
「なるほど……」
「この前やってた映画もすっげえカッコよかったし、本当に憧れるぜ! ……って、あ」
「どうかしましたか?」
「ごめん、つい熱が入っちゃって……女子にはあんまりわからねー……ないよね」
ついいつもの口調で話しそうになり、咳払いをして口調を正す。
七海といる時間が長ければ長くなるほど、だんだんボロが出そうになっていて怖い。
うっかり男口調で話した日には、いくら七海でも俺が男だって分かるかもしれない――
そんな俺の不安も知らず、七海は純粋な返事をくれた。
「確かにわたしは、ケン王のことは詳しくないのですが……。でも、楽しそうに話す唯ちゃんを見ていたらイメージが固まってきました!」
ぐっと握り拳を作り、目を輝かせてそんなことを言うものだから、思わず口をつぐんだ。
(変なやつ)
でも、やっぱり笑うと可愛いな……。
七海の笑顔見てると、胸の辺りがむずむずしてくすぐったくなる。
「雑誌に載っているときの唯ちゃんは、クールだけどお花とかが似合うイメージだったので、それに合わせた歌にしようかと思っていたんですが……。 うん、他のも合うかも」
テーブルに肘をつきながらブツブツ言っている七海の顔を見つめる。
普段の彼女に比べたら音楽に向き合う彼女はかなり真面目で、音楽馬鹿って言葉が似合うけれど、どこか可愛らしさも残っていて。
「キラキラなポップミュージックもアリですね。他には、トランペットやブラスを取り入れてかっこいい感じの曲にするとか――あっ、今譜面におこすので、ちょっと待っていてください」
「うん」
真剣な顔で楽譜に音符を書き込んでいく横顔を見て、ふとこんなことを考えた。

俺、本当は男なんだって話したら、曲のイメージも変わるんだろうか。
本当の俺は、花なんて似合わないただの男だ。
七海と話している今の俺は嘘をついている。
こいつには本当のことを話して、すべてを知ってほしい。
……とか、学園時代もろくに話したこともないはずなのに、どうしてだかそんな事を考えるようになっていた。

***

今日は朝からモデルの仕事が入っていた。
楽屋に戻って、着替えをすませ、あとは裏口から帰るだけ。
そんなとき、楽屋のドアがノックされた。
どうぞと言う前にドアが開かれ、一瞬身構えたけど、こうやって俺のいる楽屋に入ってくるのは一人しかいない。
「よっ、唯ちゃーん」
ドアの向こうから顔を出したのは想像通りの奴だった。

渋谷は素早く楽屋に入ると後ろ手にドアを閉め、にんまりとした笑顔を浮かべる。
「あ、なんだ。もうお着替え済みですか」
「……渋谷。いい加減女装してない時にその名前で呼ぶのはやめてくれ」
「あ、ごめんごめん。つい癖でさ。最近よく現場一緒だし」
てへへ、と笑うこいつ――渋谷友千香は、俺が女装してモデル活動をしてることを知っている友人の一人だ。
同じ事務所に所属しているからか、モデルの仕事現場ではこいつと鉢合わせることが多い。
それに学園時代も何かと話すことが多かったので、渋谷との仕事をするときは普段よりリラックスできてる気がする。
「翔ちゃんの曲、春歌が作るんだって?」
「おう」
「春歌、超良い子だからさ。面倒見てあげてよ」
「面倒見るって……確かに抜けてるやつだけど、面倒見るほどガキじゃねえだろ」
「あらぁ」
渋谷は口元に手をあてて、なにやらニヤニヤしている。
その顔、ちょっとイラッとくるぞ。
「なんだよ」
ジト目で渋谷を見据えると、ふふ、と笑顔を浮かべた。
「あの子のこと、案外わかってるのね」
「そりゃ、何回か打ち合わせしてるし」
「ふーん……」
笑顔が再びニヤッとしたものに変わる。
だからニヤニヤするなってば……。
妙に男勝りな奴だから、俺の七海に対する気持ちまで見透かされてる気がして、落ち着かない。
他の話題にすり替えてしまおうかと口を開いたけれど、それより先にとんでもない言葉が来た。
「春歌、かわいいでしょ」
「!」
思わず椅子から立ち上がりそうになった。
確かに、俺は七海のことを可愛い……と思っていた。
音楽に対してまっすぐで、熱いもんを持ってる。だけど、どこか抜けていて、そんなところが可愛いんだ。
だけど素直に可愛いといっていいものか、でも否定するのもなんか……。
「あ……う…………ああ、確かに可愛い奴だと思う」
腕を組みながらそんなことを言うと――
「翔ちゃん、耳赤いよ」
「えっ」
指摘をされてしまい、慌てて耳を隠した。
「……そういえば春歌がさぁ、この前新しい服欲しいって言ってたから、二人で買い物とか行ってきたら?」
「買い物ォ?」
男の俺と一緒に買い物しても楽しくないだろ、と言いかけたけど。
そういえば七海には、まだ俺が男だっていってないんだったな。
ってことは、いつもみたく女装していけば女の子同士買い物してるようなもんなのか?
……いやいや。
「ただの仕事上のパートナーなのに、買い物に誘うなんておかしいだろ」
「おかしくないっ。仕事上のパートナーっていっても同い年なんだし、友達同士で普通にショッピングとかするでしょ?」
誘っちゃいなよ、と綺麗に片目を閉じ、渋谷は俺に向かってウインクを飛ばした。

そんで、悩みに悩み抜いた結果。
帰りの電車の中、うんうん唸りながら七海にメールを送信することになった。
友好を深めるために、スタジオや事務所以外でも顔を合わせた方がいいんじゃないか、って思ったからだ。
なんの下心はない、はずだ。だって女装してくし。
『明後日急にオフになったんだけどさ、よかったら買い物いかない?  打ち合わせもかねて』
デートじゃなくてただのショッピングだと考えていても、いざ誘う瞬間は緊張する。
気を紛らわせるために窓の外へぼんやりと視線を送る間もなく、すぐに返信がきた。
断られたらどうしようという不安は、本文を見た途端に吹き飛んだ。
『はいっ、喜んで!
わたしも曲のアレンジを聴いてほしいので、曲の音源も持って行きますね』
思わず電車の席から立ち上がってガッツポーズしそうになった。
(楽しみだ!)

頭に思い浮かべたのは、自宅にある小傍唯用の服のことだ。
女の格好とはいえ七海と出かけるなら、きちんとした身なりにしていきたい。
(何の服を着ようか……)
そんなことを考えつつ、俺は帰路についた。