シークレット・ガール

七海と買い物に行くことになった、当日。
集合場所へ到着した俺は、そわそわとした気持ちを抑えきれずにいた。
待ち合わせ時間まではあと二十分ほど。
早め早めに準備をしていたら、かなり早く到着してしまった。
傍にあった店のショーウィンドウに反射した自分の姿を眺める。
服装よし、髪型よし、とさりげなくチェックして、小さくため息をはいた。
(女装だってバレないように気をつけねーとな)
ドジを踏まないように、と気を引き締めていると、待ち望んでいた人物が駆け寄ってきた。
「待たせてしまってすみません!」
「いや、お……私が、時間より早くついちゃっただけ!」
謝る七海ににっこりとした笑顔を見せる。
(今日の私服、なんか雰囲気ちがくね?)
いつも打ち合わせのときに着ているようなやつとは違って、今日の七海は……なんか、全体的にふわっとしてて、可愛い。
ぎゅって抱きしめたくなるっつーか、いやいや、そんなことしたら捕まる。
我慢しろよ、俺!

そうして俺達がやってきたのは、とあるショッピングモールだ。

あらかじめ渋谷に聞いておいた、七海の好きそうな系統の服を取り扱っている店へ入る。
普段こういう店には入らないから、ちょっと緊張してる。
でも、緊張が増幅している理由はそれだけじゃない。
(……俺、女の格好してるけど、やっぱデートだよな……)
同性の友達相手ならデートとか言わねーけど、俺は男で、七海は女だ。
いくら俺が女装していて本来の性別を隠してるとはいえ、二人きりで出掛けている事実に変わりはない。
なるべく友人相手に接するように自然な態度をとりつつ、近くにあったワンピースを手にとってみる。
「七海さんはこういう服似合いそう」
「そうでしょうか……?」
手にしたワンピースを七海に当ててみる。
薄いピンク色のシフォンワンピースは、思った通り七海の雰囲気とばっちり似合ってた。
「超似合う」
「丈、短くないですか?」
……言われてみれば、短いかも。
いや、でも街で見かける子とかはこれぐらい短い丈も多くて……実際に七海がこれを着ている姿を想像して、うっかり顔面が熱くなる。
「いや、大丈夫だ……と思うけど、気になるなら下に黒いストッキングとか履けば大丈夫」
というかこれで生足とか見せられた日には、刺激的すぎて失神しそうだ!
「なるほど……!」
七海は目をキラキラとさせて俺を見ている。
「わたしはおしゃれとは縁のない生活をしていたので、勉強になりますっ」
それから何着か七海に似合いそうな服を見て、結局最初に手にとったワンピースを購入することに決めたらしい。
「お会計、行って来ますね。唯ちゃんも何か買いますか?」
「ううん、大丈夫。その辺見て待ってる」
適当に服を見る振りをして、レジに並ぶ七海の後ろ姿をこっそり見つめる。
(かわいいな……)
仕事してる時とは違う、ころころ変わる表情に胸が温かくなる。
渋谷とか、友達と過ごす時はこういう感じなんだろうか。
もっと七海と一緒に色んなものを見たいと思ったけど……。
これからも一緒に出かけたいなんて、勝手に考えちゃダメだよな。
だって俺は、男だから。
今は女装をしているから一緒に買物もできるけど、いつもの姿ならこうはならなかっただろう。
きっとこの仕事が終わったら、今のパートナーという関係じゃなくて、普通の何でもない関係に戻るはずだ。

そのときのことを考えたら、ほんのすこし胸の奥が苦しくなった。


服を買った後。
俺と七海は、ショッピングモール内にあるカフェで休憩をしていた。
「可愛い服、買えてよかったね」
「はいっ、唯ちゃんのおかげです! ありがとうございました!」
「はは、どういたしまして」
勢いよくお礼を言ってきた七海に、つい頬が緩む。
「そういえば、デモ音源が出来上がったので聴いてみてほしいのですが……」
「うん、聴かせて欲しい」
イヤホンを取り出し、出来上がったばかりのデモを聴かせてもらう。
それから軽く打ち合わせをして、今日は解散という流れになった。
「今日はありがとう」
「いえ、わたしこそありがとうございました!」
七海を駅の改札まで送り届け、またねと手を振ろうとすると――
「あの……」
なぜかもじもじとうつむいている七海が、口を開いた。
「ん?」
「もし、よかったら……その……」
「うん」
「わたしだけ、唯ちゃんのこと名前で呼ぶのも何なのでっ! な、名前で呼んで欲しいなって」
下を向いていた顔を一気に俺の方へ向け、七海が真っ赤になりながら話す。
「名前で?」
復唱すると、こくりと頷かれた。
(呼び捨てにしてほしい、ってことだよな?)
「す、すみません。わたし、あんまり友達がいないのでどうしていいか……!」
俺が困惑している間、七海はもっとフレンドリーに声をかけるべきでした……! なんて頭を抱えそうになっていて、かなり面白い。
どうやらずっと呼び捨てで呼んで欲しかったけど、言い出すタイミングが掴めなかったみたいだった。
「いや、うん。わかった」
頷きつつ、なんだかすごく緊張したので、コホンと咳払いを一つして深く息を吸ってから。
「は……春歌」
緊張が伝わらないようにできる限り自然体でそう呼ぶと、彼女は嬉しそうに微笑んだのだった。