思春期翔年

先日受けた取材が載っているという雑誌を開いたら、モデルがやけに色気のある下着を身につけポーズを取っていた。
女性向けの雑誌だし、そういう商品の宣伝が掲載されるのは知っていたけれど、こうもセクシーなものにされてしまうと少し気まずくなる。
俺は平静を保ちつつ他のページを見ようとしたが、不意にその下着を着ている春歌を想像し余計に悶々としてしまった。
急いでページを捲り、何とかその場はやり過ごした。

***

夕食の後、新作のDVDを何本か借りていたのを思い出し、春歌にメールを打つ。
「この後暇だったら、俺の部屋で映画見ないか……っと」
送信画面を見届けてから数分後、春歌から「ぜひご一緒させてください」と返信が着た。
来たらすぐに鍵を開けられるよう待機していたら、知らぬうちに足を動かしインターホンの前を右往左往してしまっていた。
春歌がこの部屋に来るのは初めてじゃないはずなのに、なんでこんなにそわそわするんだろうな。
そんなことを考えながら待っていたら、目的の人物がやってきた。

「お邪魔します」
「お、おう?」
ドアを開いたら笑顔で迎えようと思ったのに、春歌の服を見て口を開閉させる。
いつもはワンピースとかふんわりしたスカートを着ていたはずなのに、今日は気分でも変わったのかミニスカートを履いていた。
あと何となくいつもより胸元も開いているような気がし……、いやらしい目で見るつもりはなかったが何となく見てしまう。
俺はなるべく直視しないようにしながら春歌に問いかけた。
「その服どうしたんだ?」
「友ちゃんに貰ったんです。あんたに似合いそうだからって言われたので着てみたんだけど……」
春歌は靴を脱いでからくるりと一周し、服の全体を見せてくれた。ふわりと揺れるスカートに思わず目がいく。
裾の部分にあしらわれているフリルが可愛らしく、春歌によく似合っていた。
ただいかんせん丈が短いのでそれが気になって仕方ない。もしこんな格好で外を歩いたなら、すぐに変な虫がつきそうだ。
服装をまじまじ見つめ心配していると、春歌がおずおずと口を開いた。
「……えっと、似合ってるかな?」
「ああ、すげー似合ってる」
すげー似合ってるけど、目のやり場に困る。
何か喋ってないと落ち着かなくて、俺は必死に会話の種を探し、春歌が俺の部屋を訪れた本来の理由を思い出した。
「映画のDVDさ、テレビの横に置いてあるから春歌の見たいやつ選べよ」
「うん、わかった」

春歌がDVDを選んでいる間、俺は飲み物やお菓子を用意してからソファに腰掛けた。
その頃には春歌も見たい映画を決めたらしくDVDのケースを開けていた。
レコーダーはテレビ台の下にあるので、春歌が屈んでDVDを入れようとし……スカートが、下着が見えそうで見えないというぎりぎりのラインにまで上がる。

もし、春歌があの雑誌に載っていたような色気のある下着を身に着けていたとしたら。もしそれが見えてしまったとしたら。
想像したイメージを脳内から追い出すように、俺は頭を振った。
勘弁してくれ。どうして今日に限ってタイツも履いてないんだ。わざとか? わざとやってんのか? でも春歌のことだから多分わざとじゃねえんだろうな。
一人で頭を抱えて押し問答していたら、春歌が振り向いてこちらに近づいてきた。
開いた胸元が視界に入り俺は視線を横にずらす。そして、ソファに掛けられていたパーカーに気づいた。

「ちょっと肌寒くないか? これ着てろよ」
「ありがとう」
ソファに掛けてあったパーカーを手に持ち、春歌に万歳の格好をさせる。
なるべく伸びをして春歌の腕を袖に通してから裾を整えていたら、春歌が笑う気配がした。
「……えへへ、翔くんの匂いがする」
「なっ」
可愛いやつめ、と抱きしめそうになる。
最近、春歌はなんだか可愛くなった気がする。
仕草とか、表情とかが俺を惹きつけて離さない……なんて、本人にはあんまり言えないけどな。
自分に突っ込みを入れ、俺のパーカーを着た春歌を見つめる。
少し不恰好にはなってしまうけど、これなら胸元も隠せる。俺は満足気に頷いて――自分がやらかしたことに気づいた。
やっぱり春歌には少し大きいサイズだったようで、スカートが完全にパーカーの下に隠れてしまい、何も履いてないように見える。
さらにそこから覗く生足が何にとは言わないけれど拍車をかけていた。
ガンガンと頭の中で警鐘が鳴る。ヤバイ、刺激的すぎるぞこれ。顔が一瞬のうちに熱くなる。
たこみたいに真っ赤になった顔を見られたくなくて、春歌に背を向けた。
「お、俺やる事思い出したから一回部屋戻るわ! ちょっと待ってろ!」
「? わかりました」
春歌は不思議そうしつつも素直に頷いてくれたので、俺は急いで部屋に戻った。

ドアを背にずるずると崩れ落ちる。
「っは、やべー……」
春歌は俺のことどう考えてるのかわからないけど、俺だって健全な男なんだぞ……。
あの状況で手出さないでいるなんて絶対、無理だ。
冷たいドアに熱くなった頬を押し付ける。ひんやりとした感触が俺の頭を冷ましてくれるような気がした。
もう少し落ち着いたら、ジャージでも何でもいい。春歌に渡して、上から着てもらおう。
春歌のためにも、俺のためにも。

***

数日後、春歌が一緒に映画を見た時に貸した服を返しに来てくれた。
「わざわざ洗ってくれたのか? 別によかったのに」
「うん、借りたからにはちゃんと洗ってから返したくって」
相変わらず律儀な奴だな、と俺が頭をがしがし撫でると、春歌は軽く眉を寄せながら困ったように、でも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
部屋に戻り、春歌から受け取った袋に入っていた服を取り出すと、ほんのりと春歌の香りが漂ってきた。
当たり前だけど、あいつは俺とは違う洗剤使ってるんだよな。……なんか、いい匂いするな……。
これはこれで、マズいかもしれねえ。俺はため息をつき、煩悩を振り払いながらクローゼットに服を押し込んだ。