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◆温もりと安らぎと/トキ春


時計の針が、てっぺんを回ろうとしています。
(トキヤくん、帰ってこないなぁ)
今日は早めに帰れそうです、というメールが着てから早数時間。
わたしはトキヤくんの部屋で、彼の帰りを待っていたのですが……なかなか帰ってきません。
もしかして、何かあったのかな?
帰りがけにプロデューサーにつかまっちゃった、とか。
そのままご飯に誘われた、とか。
ひとしきりそわそわした後、一日の疲れが出てきてしまったのか、眠気が襲ってきました。
(眠くなってきたけど、寝て待つのはちょっと……)
しばらく会えなかったから、せめて顔を見るだけでも、とは思うのですが……。
「トキヤくん、まだかなあ」
独りごちながらテーブルに頬杖をつく。
すると、急に瞼が重たくなってきた。
ううん、眠たいなぁ……。
…………。

「…………?」
……はっ。うっかり目をつむってしまいました。
今、何時だろう。
時間を確認しようとしたけれど、なんだか身動きが取れない。
(もしかして、金縛り……?)
部屋も真っ暗だし……あれ、わたし、電気消してたっけ?
それにさっきまでトキヤくんの部屋で座っていたのに、どうしてベッドに寝転んでるんでしょう。
疑問に思っていると、頭上から安らかな寝息が聞こえてきた。
すこしだけ首を動かして薄暗い中で目を凝らすと、そこにいたのは――
「トキヤくん……」
「ん、……春歌……?」
待ち焦がれていた人の帰宅に思わず名前を呼ぶと、トキヤくんが身動ぎをする気配がして、わたしの身体は強く抱きしめられた。
ああ、そうか。動けなかったのは、ベッドの上でトキヤくんに抱きしめられていたからなんだ。
「トキヤくん、おかえりなさい」
「ただいま。……今日は、早く帰ると言ったのに遅くなってすみませんでした」
ぽつりと謝罪の言葉が聞こえてきて、わたしは首を振った。
トキヤくんは多分、先に寝てしまったわたしをベッドまで運んでくれたんだ。
「わたしこそごめんなさい。勝手に寝てしまって」
「いいんですよ。こちらこそ疲れているところを待たせてしまって、すみません」
前髪をそっとかきあげられて、わたしのおでこに唇が触れる。
不意打ちにぎゅっと目をつむると、トキヤくんが微笑む気配がした。
「君の寝顔を見ていたら、なんだか私まで眠たくなって……。
 おそらく、君の顔を眺めていると無意識のうちに安心してしまうんでしょうね」
ふふっと小さく笑う声につられてわたしも微笑んだ……のですが。
頭上から降ってくる安らかな声に気を取られていたけれど、身体同士が密着してるって事実に顔が火照ってきました。
「……あの。そろそろ、離してもらえませんか?」
「なぜです?」
「だって、その……くっついているのが、恥ずかしくて」
「……私達が付き合って、一体どれだけの時間がたっていると?」
確かに、お付き合いしてからかなりの日数がたっています。
抱きしめられる以上に、す、すごいこともしたことがあります。
でも、恥ずかしいものは恥ずかしい――というより、照れちゃうんですよね。
トキヤくんは「まったく、君は仕方のない人ですね」と呆れの色も混ざっているけれど甘い声でそう言うと、
ぎゅーっとわたしを抱きしめる力を強めた。
間近に感じていた体温がもっと近くなって、余計にドキドキします……!
「でも、ダメです。君の温もりはこんなにも心地よいものなんですから、簡単に離れるなんてもったいない」
――どうやら今晩は、抱きしめられたまま眠ることになりそう。
そしてトキヤくんは、すっぽりと彼の腕に収まったわたしに、とけそうになるくらい優しいキスをしたのでした。


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◆離れてから照れるふたり/翔春


事務所から貰ってきた雑誌を、ぱらぱらめくっていく。
同期の仕事状況や、社長のコラムやらが載っているページをひとまず流し見していくと、
見覚えのあるCDジャケットが視界に入った。

そのページには、俺がこの前出したばかりの新曲についてのあれそれが載っていた。

「お、この前出した新曲の特集組まれてる」

何気なく呟いた独り言に、ちょうど風呂から出てきた春歌が反応する。
春歌は目を輝かせて俺の手元を覗きこんでから、俺と視線を合わせてきた。

「本当だ、すごいね」

不意に近くなった距離に、付き合ってからしばらく経つというのにドキドキしてしまう。
おまけに風呂あがりだからか、ふわりと髪の毛の良い香りがして、俺は目を泳がせた。

(春歌って、本当に無防備だよな)
風呂あがりって髪の毛がまだしっとりしてるし、良い香りもするし、
肌は火照ってるしで、あらぬ想像をしちまう。
――なんてことは発言しないで、胸に閉じ込めつつ。
何とか理性を保っていると、春歌が嬉しそうに笑った。

「さすが翔くんです」
「……いや、お前のおかげだろ」

こいつの曲じゃないと俺は歌えないと思う。
素直にそう思っているから反射的に答えると、春歌はぶんぶんっと首を横に振った。

「そんなことありませんっ! わたしはただ、翔くんのために曲を作っただけなので」
「謙遜すんなって」
「謙遜してないです」

……こいつ、ほんと謙虚っていうか、なんていうか。
相棒としては、もっと自信を持って欲しいと思う。
だって春歌の作る曲は、すごく魅力的だから。

「謙遜してるって」
「してないです」
あんまりにも頑なな態度に、ちょっとムッとしてしまう。
これ以上何か言っても、こいつはきっと謙遜を繰り返して自分のおかげだなんて認めないんだろう。
「…………」
だから俺は、春歌の瞳をじーっと見つめてから、黙れと言わんばかりにキスをした。
もちろん、唇に。

「――っ!」

春歌の声にならない声が聞こえたような気がしたけれど、構わずにもう一回キスをしてから顔を離すと、
春歌はぽかんと呆けた顔で俺を凝視していた。

「お前、もうちょっと自信持てよ。俺がうまく歌えるのはお前のおかげなんだ……ぞ……」
諭すようにそこまで言って、言葉尻が弱くなる。
その理由は、春歌の表情だった。

「あ、あの……」
キスをした直後は平気そうだったのに、時間差で春歌の頬が真っ赤になっていく。

……なんだよ、俺そんなに恥ずかしくなるようなことしたか?
そう思って、ジト目で春歌を見ると。
「あんまり見ないで……」
春歌は耳まで赤くして、顔を逸らしてしまった。
かあああっと赤く染まる擬音まで聞こえてきそうで、釣られて俺の顔も熱くなる。

(うわ、顔あっつ!)

キスをしたのは初めてじゃないのに、なんなんだ、春歌のこの反応は。
……可愛すぎるだろっ。