chu-chu-medical

棗さんが風邪を引いた。

「……悪かったな」
「何がですか?」
通い慣れた棗さんの部屋。
つばきとあずさにご飯をあげて、棗さんの代わりに家事をして。
一息ついている時に、ベッドの上でごろりと棗さんが寝返りをうった。
「せっかくの休みなのに、どこにも出かけられない上に面倒まで見てもらって」
はぁ、と息をつく棗さんの額には、うっすらと汗が浮かんでいる。

彼から風邪を引いて、熱が出た。というメールが着たのは日付が変わった頃だった。
本当なら今日は二人で出かける予定だったんだけど、熱のある棗さんを連れ回すなんてわたしにはできない。
それに、こうやって部屋でゆっくりするのもいいと思うから。
「気にしないでください、好きでやってることなので」
乾いた洗濯物をたたみつつ、棗さんの様子をうかがう。
……朝よりも熱は下がったみたいでちょっとは余裕が出てきたみたい、
ベッドに寝転がりながらテレビを見たり、わたしに話しかけるようになっていた。
とは言ってもまだ風邪を引いてることには変わりないから、立ち上がろうものなら無理やり肩を押して寝かせたりしていた。
いつもならきっと寝かせようものなら逆にわたしがベッドに縫い付けられたりしそうだけど、今の棗さんにそんな力は無い。
「ゲームでもできればいいんだが」
「何を言ってるんですか。病人はおとなしく寝ていてください」

薬箱をテーブルの上に乗せて、中から冷却ジェルシートと風邪薬を取り出す。
シートを棗さんのおでこにぺたっと貼ると、彼は小さく呻いていた。
「薬、飲めそうですか?」
「飲めない」
まさか急にどこか具合が悪くなったのかな、と心配したのもつかの間。
棗さんの口から発された言葉に、わたしは半眼になった。
「飲ませてくれ」
「……は?」
棗さんはわたしより年上の男性で、とっくに成人している。
薬だって人に飲ませてもらわなくても自分で飲めるはず。
そんな彼が、どうして、急に甘えるようになったんだろう?
そう考えて、ううん、と首を振った。
(風邪を引いてるんだから、ちょっと弱気になってるのかも)
誰しも風邪を引いてるときは弱気になるものだし、しかたない。
「じゃあ、口を開けてください」
薬と水を両手に棗さんににじり寄ると、少し不満そうな顔をされた。
「……おい。こういうときは、口移しするのがセオリーじゃないか?」
何を言ってるんですか、と本日二度目のセリフをなんとか喉の奥に押し込める。
棗さんはもしかして、風邪を引いてる時は弱気になるんじゃなくて甘えたがりになるのかも。
(口移しなんて、すごく恥ずかしいけど……)

ぐるぐる考えてから覚悟を決めて、薬と水を口に含む。
そして棗さんに近づいて、唇を合わせて。ゆっくりと口の中のものを流し込んだ。
「んっ……」
熱っぽい唇に触れ、自分も熱っぽくなるのを感じる。
(棗さんの唇、熱い……っ)
こくり、と棗さんの喉が動くのを確認して、身を離した。
体温の上がった自分の頬を手でおさえていると、棗さんに腕を引き寄せられて、もう一度唇が重なり合う。
「……ふ、……っ」
唇を啄まれ、思わず息が漏れたわたしを見て、彼は満足そうに口の端を上げた。
「風邪、うつったかもな」
冗談っぽく笑う棗さんに、とくんと胸の奥が跳ねる。
「……そうかも、しれません」

棗さんにうつされる風邪なら、構わない――
そう思ってしまう自分が、心のどこかにいた。