浴室agitato

どうしてこうなったんだ、と真斗は湯に浸かりながら考える。
見慣れた浴室、使い慣れた浴槽は普段と変わらず自分を迎えてくれていた。
唯一普段と違うのは、目の前に恥ずかしそうに俯いた春歌がいること。

真斗は今、春歌と共に風呂に入っていた。

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事の発端は数時間前に遡る。
夕飯時、ふと家族の話題になり何気ない気持ちで「昔はよく妹に背中を流してもらった」とこぼしたところ、春歌が元気よく挙手をした。
「わたしも真斗くんの背中、流したいです!」
「そうだな……」
いつか近い将来、家族となったその日には共に身を清め合うのも良かろう、と真斗は微笑む。
それを了承と捉えたのか、春歌も真斗と同じく微笑を浮かべた。
その後も微笑み合いながら二人で食卓を囲み、穏やかな時間が過ぎた後、事件は起きたのである。


夕飯を済ませ、明日の予定を確認し終わったところで真斗は浴室へ向かう。
浴室に入り髪の毛を洗い、体を洗おうとボディタオルに手を伸ばしたとき、背後で扉が開く音がした。
振り向くとそこには、
「背中、流させてください……」
体にタオルを巻き、髪を結いた状態の春歌が立っていた。

「な、なぜここにいる!?」
「え、真斗くんの背中を流そうと思って……」
真斗は驚きのあまり後ずさり、対して春歌は気まずそうに首を傾げた。
「……だめでしたか?」
「いや、驚いただけであって駄目という事はないぞ。むしろ嬉しいというか、ありがたいというか」
そう返答しつつ、真斗の視線は宙を泳ぐ。確かに先程背中を流す話はしたが、まさかすぐ行動されるとはまったく考えていなかった。
困惑する真斗を他所に、春歌は真斗が取ろうとしていたボディタオルを手に真斗をバスチェアに座らせた。

真斗はされるがまま、丁寧に背中を流されあっという間に湯船に浸からせられる。
春歌も手早く自分の身を洗い流し、そうして膝を抱えながら浴槽の中で向かいあう形になった。

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春歌は真斗と視線を合わせずひたすら俯いている。
予想するに、実際に行動してみたは良いがいざ本番になった途端恥ずかしくなったのだろう。
真斗は真斗で、妹と風呂に入った時は手で水鉄砲などを作って遊んだけれど、春歌相手だと何をすればいいかわからない。
互いに話しかける勇気も出ず、しばらく無言の状態が続いていた。

やがて静寂を壊すように、頬を桃色に染めた春歌がやおら開口する。
「……そちらに行ってもいいですか? 向き合ってると何だか恥ずかしくて」
真斗からしてみれば向き合うより傍にいる方が色々と意識してしまう気もしたが、断るのも気が引けたので首を縦に振った。
「ああ」
真斗が視線を横へずらしている隙に春歌は真斗の膝の間に座り込む。半ば抱きしめる体勢になったまま、なんとなく春歌の肩口に鼻を埋めると春歌の香りがふわりと漂ってきた。
同じ石鹸を使ったはずなのに、自分とは違う香りがするのは気のせいだろうか。
「ふふ、くすぐったいです」
真斗の髪が首筋に触れ、春歌が小さく肩を揺らす。その弾みで湯船が波打つ光景を眺めていると、一糸まとわぬ状態で同じ湯に浸かっているという事実が今になって真斗にのしかかる。
春歌の瑞々しい素肌、赤くなった耳を眺めているうちに真斗の理性は上昇しメーターを振り切り――突然ぷつん、と音を立てて途切れた。
「ハル」
「ひゃっ」
真斗は名前を呼びながら目の前にある白いうなじに口付ける。
「あ、あの、真斗くん……」
「なんだ」
春歌の耳朶を食みながら色香の交じる声で問い返す。春歌はくすぐったそうに身を捩り、肩越しに真斗を見るが熱い眼差しに戸惑ったのかまた正面を向いていた。
「うう……」
春歌が悶えるのも気にせず、肩、うなじ、頬と段々口付ける箇所を上げていき、唇に触れる。
「ん……」
顎を軽く掴み無理やり自分の方を向かせ、柔らかい唇を貪る。春歌は苦しそうに息継ぎをし、涙目で真斗を見つめた。
見つめられた真斗はというと、何を思ったのか春歌の太ももに手を滑らせる。

春歌は慌ててその手を掴み、これ以上自分の体をいじらせまいと真斗の手をぎゅっと握る。
真斗も負けじと手を解いては春歌の体に触れるが、その度に春歌は真斗の手を阻止した。
そうして攻防戦を繰り広げ、最終的には春歌の粘り勝ちとなった。


「もう、真斗くんったら……」
指を一本一本絡ませながら、春歌が少しいじけたように振り返る。
「そういうのは、その……お風呂出てから、です!」
春歌はぷんぷんと擬音が出そうなほど頬を膨らませ、真斗を見上げた。しかしそんな姿さえ、真斗にとっては愛らしく見える。
「ハルが可愛らしいのがいけないんだ。だからつい、手を出したくなる」
そう言うと、真斗は愛おしそうに自分と絡めた春歌の指先へ口付けた。