狼に噛みつかれて
「翔くん、翔くんっ。大変です!」
慌てた様子の春歌が、爪の手入れをしていた翔に駆け寄る。
「どうした?」
首を傾げて問いかけると、春歌は身振り手振りをして慌てふためいていた。
「今日はハロウィンなのに、お菓子を用意し忘れちゃいましたっ」
けれどその内容はくだらない、とまではいかないがそこまで深刻なものでもなく、翔は頷いて意地悪そうな笑みで春歌を見た。
「そっか、今日ハロウィンだったな……トリックオアトリート!」
「もうっ……今用意し忘れたって言ったばかりなのに」
お菓子がないなら、イタズラするしかないだろ?
あえてそう言って、翔は後ずさる春歌ににじりよった。
ガオーと手を構え、白く光る犬歯を見せて。
「よーし、じゃあ狼男の俺様がいたずらしてやる!」
「ひゃっ、ちょっ」
唐突に春歌の脇腹に手をやり、指をわしゃわしゃと動かすと、彼女は大きく背をしならせて身悶え始めた。
イタズラといっても悪いものではなく、ちょっとからかう気持ちで
くすぐり攻撃をするだけだった……はずなのだが、
いつの間にか行為はヒートアップし、春歌はひいひいと肩を跳ねさせていた。
「うりゃうりゃ~」
「く、くすぐったいっ、あはは!」
春歌がくすぐる翔の手を捕まえようとするが、こそばゆさに笑ってしまいなかなか捕まえられない。
その間にも翔は手を止めず、次第に春歌の目尻には涙が浮かぶ。
翔がくすぐり攻撃を止めたのは、春歌が肩で息をし始めた頃だった。
春歌の頬には朱が差していて、潤んだ瞳もこれまた色っぽく、思わず翔は心臓をときめかせた。
しかし次の瞬間飛んできた発言に、片方の眉を器用に釣り上げる。
「でも、翔くんは狼っていうより――子犬っぽいですよね」
「……なんだとぉ?」
ムッとした表情の翔に、若干青ざめた表情の春歌があわあわと首を振るがもう遅い。
「あっ悪気があったわけでは」
「そんなことわかってるよ」
何やら不穏な空気を醸し出しながら、翔は春歌の肩を掴む。
そしてそのまま、彼女の首筋に顔を近づけて――
「翔くん……? ……いッ」
陶器のような白い肌に、優しく噛み付いた。
「――油断してると、食われるぞ」
「ん……っ」
目を見開く春歌を挑発的な瞳で見上げ、今度は唇に甘噛みをして、
すぐに消える程度の跡を残す。
狼に噛みつかれて、春歌は湯気が出そうなほどに耳まで赤く染めていた。