Miracle World
レイジー×ハルカ
『Only you are seen.』
わたしは、先に一階を見回ることにした。階段のすぐ横にあった部屋に入ってみると、そこには今までの部屋には無かった大きなアンティーク調の鏡が置いてあった。
「大きな姿見……。ここ、女の人の部屋だったのかな?」
引き寄せられるように鏡に近寄ろうとして、迂闊にも太ももを傍にあった戸棚にぶつけ、変な悲鳴が出た。
「痛っ……」
ガッ! と人間の肌と戸棚がぶつかったとは到底思えない音が鳴って、思わず太ももに手をやる。
音が鳴るほど硬いガーターベルトをつけていたっけ? と首を傾げたけれど、そういえばお兄様から預かったナイフをここに隠していたんだった。
(お兄様は、まだ入り口を見張っているのかな……)
別れる間際のお兄様の表情を思い出し、胸の奥が痛くなった。
あの時のお兄様は、ひどく不安そうで、それでいて悲しそうな顔をしていて……。
あんな顔をさせてしまった自分が歯痒くてしかたない。
お兄様が心配しなくても、一人でも生きていける強い女性になれたなら良かったと願わずにはいられない。
そうすれば、大好きなお兄様にも『一人の女性』として認めてもらえたかもしれないのに。
不意にそんな事を考え、わたしは下唇を噛み締めて、姿見に近づいた。
「手入れすれば、まだちゃんと使えそうなのにな」
鏡は手入れされてないおかげでだいぶ曇っていたけれど、少し拭けば綺麗に目の前のものを反射している。
ちょうど顔が映るあたりを拭いてみると、そこに映し出されたのは――お兄様のことを考え、頬を染めている自分の姿だった。
「え……」
まさかお兄様の事を考えている自分が、こんな顔をしているなんて思いもしなかった。
兄の事を考えただけで頬を染めるなんて、これではまるで彼に恋をしているみたいだ。
戸惑う自分の姿を見ているうちに、あの舞踏会の夜、お兄様の周りに集まっていた女性達を思い出す。
彼女達がお兄様に恋をしているのは、舞踏会の夜や街で噂話をしている姿を見れば一目瞭然だった。
優しくてユニークで格好良くて、紳士的。
それでいて、警察という立派な肩書を持つお兄様だ。好きにならない方が珍しい。
よくよく考えてみれば、彼女達は今のわたしと同じような目で、頬を赤くしてお兄様を見ていた。
(ということは、わたしもお兄様に恋をしてるの……?)
自分の中に秘められた想いに初めて気付き、うろたえてしまう。
「わたしは、お兄様が好き……」
鏡に映った自分に問いかけようと、直接言葉にした途端、余計に頬が赤くなった。
その頬に手を当て、考える。
わたしはお兄様の妹だ。いくらお兄様を好きでいようと、お兄様はわたしを恋人として好きにはならないと思う。
……だって、血の繋がった兄妹なんだから。
肉親に家族愛ではなく恋愛感情を抱くなんて、異常だと思われちゃう。
それなら、この気持ちは隠し通さなきゃ。
「…………」
胸に手をあて、早まった心拍数を落ち着けようとする。
でも――もしお兄様が誰か一人の女性を好きになったとして。
わたしは、素直にお兄様を応援できるのかな。
(お兄様が選んだ女性なら、素敵な女性なんだろうな)
そうなったとしたら、妹であるわたしの役目は、お兄様のお嫁さんになる人と仲良く過ごすことだ。
……そんなこと、できるの?
簡単には解決できなそうな思いが浮かんだ時、ハッとしてわたしは赤くなった頬を叩いた。
いけない、今はそれよりもアインザッツ様が忍び込んでいないか確認しないと。
慌てて部屋から出ようとして、足を止める。
(廊下に誰かいるみたい)
耳を澄ますと、誰かが廊下を歩く音が聴こえた。
アインザッツ様がついに侵入してきたのかと思ったけど、この足音は間違いなくお兄様のものだ。
たった今までお兄様のことを考えていたので、なんとなく気恥ずかしくて扉を開けずにいると、向こうから扉を開いてきた。
ガチャ、とドアが開く音がし、お兄様が顔を覗かせる。
「ハルカ! よかった、ここにいたんだ」
しばらく戻ってこなかったから何かあったのかと思った、と言われ、少し胸が痛んだ。
わたしはお兄様に心配をかけてばかりだ。
これじゃあ、あの噂通りわたしが不甲斐ないからお兄様が心配して離れられなくて、特定の恋人を作らないんだと言われても納得してしまう。
「ごめんなさい。もっと早く戻っていればよかったですね」
「謝らないでよ。ぼくはただ大事な妹が心配なだけだったし」
妹と言われて、喉が詰まったみたいに苦しくなり、わたしは歩みを止めた。
「……お兄様は、どうしてそこまでわたしのことを考えてくださるのですか?」
「妹を心配しない兄なんていないでしょ?」
「そうではなくて……」
確かに自分の兄妹を心配しない人なんてほとんどいない。
でも、お兄様はすこし過剰なほどわたしを心配している気さえする。
お兄様にその気がないのなら、優しくしないで欲しい。
いっそ突き放して欲しい。
そうでもしないと、わたしは――もっともっと、お兄様が恋しくなってしまう。
「思えば、舞踏会のときもそうでした」
思い出すのは、舞踏会の夜。
女性達に囲まれながらも、早々に切り上げてわたしの元へ戻ってきてくれたお兄様。
本当はもっとその人達と話したかったんじゃないか。
それ以前に、皆のレイジーではなくて、誰か一人のレイジーになれたんじゃないか。
わたしなんていなければ……、と後ろ向きな思考に落ちてゆく。
「あの時お兄様は、わたしがいるから女性たちと長話せずに戻ってきたんですよね?」
図星をつかれたのか、お兄様は気まずそうにわたしから視線を逸らした。
「わたしは、お兄様に幸せになってほしいんです。もし好きな方がいるのなら、わたしではなくその方に時間をあげてください」
「そうじゃないんだけど、ね……」
わたしが話す度に、お兄様の表情が沈んでいく。
どうしてそんな表情をするのか、わたしにはわからない。
わたしはただ、お兄様に一人の男性として幸せを掴んでほしかった。
お兄様への感情が溢れだす前なら、この気持ちに気づいたばかりの今なら、お兄様を諦める事もできるかもしれない。
だからいつものように笑って「そうだね、ぼくもそろそろお嫁さん探さなきゃ」とでも言ってもらいたかった。
けれどわたしの希望とは裏腹に、お兄様は表情を歪める。
「やめよう。この話は今するべきじゃない」
……どうして、そんなに苦しそうな顔をするんでしょう?
困惑しながらも問いかけようと、口を開きかけて。
「お願い、お兄ちゃんの言う事を聞いてよ」
彼はわたしを黙らせるように、わたしの体を抱きしめた。
「……ッ」
思わず開きかけた口を閉じてしまう。
これまでもお兄様に抱きしめられたことが無かったわけではないけど、自分の気持ちに気づいてからはただの兄妹の抱擁とは思えない。
ド、ドキドキしすぎて息が止まりそう……。
「ぼくはね、もうずっと前から――」
お兄様は、とても辛そうな声で何かを言いかけた。
でも、恐る恐るお兄様の背に腕を回そうとすると、彼はハッとした顔をしてわたしから身を離した。
「ごめん。なんでもないんだ。気にしないで」
「……はい」
その言葉には強い拒絶が含まれていた気がして、わたしは頷くことしかできない。
今、これ以上の追求は、避けた方が良さそうだった。
お兄様が部屋の扉を開け、廊下へ出る。
わたしも彼の後を追うように廊下に出て歩き出した。
「一度皆のところに戻ろうか」
そう言って、お兄様が振り向いて手を差し伸ばす。
(さっき、お兄様は何を言いかけたんだろう?)
疑問を抱いたけど、黙ったまま差し伸ばされた手を掴もうとして。
「え――?」
わたしの体は、後ろへ引きずられた。
首だけで振り向くと、そこにはいつの間にか綺麗な顔をした男の子がいて、わたしをぐっと引き寄せていた。
お兄様の表情が一瞬で変わる。
「な……ッ」
「ごきげんよう。何やら邪魔してしまったかな?」
男の子は唇を三日月型に歪め、わたしの顔を見つめてきた。
その顔には覚えがある。昨日、市場へ買い物を行った時に出会った人だ。
「また会ったね……と言っても、今は違う顔だからわからないかな」
違う顔? 一体彼は何を言っているんだろう。
そもそも、なんでこの洋館にいるんだろう。
「こっちの顔なら、もっと見覚えがあると思うんだけど」
彼は首元に手をやると、顔の皮を剥がし始めた。
突然の事に呆気にとられていると、そこに現れたのは――
「あなたは……」
舞踏会の夜に出会った、あの彼の顔だった。
「アインザッツ……!」
お兄様が彼の名前をつぶやくのと同じタイミングで、わたしの首元には冷たい感触があたった。
視線をそちらに動かすと、白銀に光る刀身が視界に入り、わたしは息を呑んだ。
アインザッツ様がわたしにナイフを突き付けていたのだ。
「面白い噂に釣られてきたのに、めぼしいものは何もなかったから帰ろうとしたんだけど……まさかここで君達に遭遇するなんてね」
「妹を離せ」
お兄様がにじり寄ろうとすると、アインザッツ様はわたしを盾にするようにして後退る。
喉元に冷や汗が伝う。喉が張り付いたように乾いて、声も出せない。
「さあ、どうしようかな。ボクを見逃してくれるなら考えるけど」
「だめです、お兄様……っ。わたしはどうなっても構いません、彼を捕まえてください」
なんとかして声を絞り出したけれど、アインザッツ様が冷たい目でわたしの顔を覗きこんできたので、それ以上言葉は紡げなかった。
「ボクを捕まえて、って約束したのに、キミはなかなか捕まえにきてくれなかったね。他に夢中になることでもあった?」
「ちが……っ」
「本当にボクを捕まえられたら、ネックレスを返そうと思ったけど……まあ、この程度かな」
冷えきった目で心の奥底まで見透かされているようで、視線をさまよわせてしまう。
「約束を破ったのは君だからね」
怒りと悲しみが混ざったような声に震えが走った。
「ボクはもう帰るよ。ねぇ、お兄さん。そこをどいて。逆らえば大事な妹の命はないよ」
鋭利な刃物を極限までわたしに近づけ、アインザッツ様はお兄様の顔を見る。
「さあ、どうする? ボクを見逃してくれる?」
警察の権限を使ったと言っても、この広い洋館に人を立ち入れないようにするなんて大変な苦労があったはず。
ただ捕まえられなかっただけならまだしも、目の前にいて、手を伸ばせば捕まえられる距離にいるのにそれを逃しなんてしたら……
お兄様には、重罰が下されるかもしれない。
それだけは避けないと。
「お兄様……! ダメです! ここでこの人を逃がしたら、お兄様の立場が」
でも、お兄様は静かに首を振った。
「どうだっていいよ、そんなこと」
悲しそうな、すべてを諦めたようなお兄様の瞳に声が出なくなる。
お兄様はゆっくりと壁際に移動し、アインザッツ様に話しかけた。
「わかった、君を見逃そう。だから妹を離してくれ」
「取引成立だね」
背中を軽く押され、転びそうになったところをお兄様の胸に受け止められる。
慌てて振り向いてみれば、アインザッツ様が傍にある窓から飛び降りていくのが見えた。
「早く、追いかけないと」
「追いかけないでいいよ」
走り出しそうになったところをお兄様に止められ、頭の中が混乱する。
わたしは暗い表情のお兄様に詰め寄った。
どうして、彼を捕まえなかったんだろう。
そもそも彼を捕まえる為に色々と下準備をしていたのに……。
「どうして、」
そこまで言うと、追求されるのが嫌だったのかお兄様は制するように手の平を前に出した。
「君の命とぼくの立場なんて天秤にかけられないよ」
わたしの髪を撫で、お兄様が小さな声で言う。
「……それに、アインザッツを逃した責任はちゃんと償う」
「責任? なにを……」
「君は何も心配しなくていいから」
そう言って、お兄様は微笑んだけれど……弱々しく微笑む姿は、初めて見るほど儚かった。
結局、外にいたお兄様の仕事仲間もアインザッツ様を捕まえられなかったらしい。
お兄様と二人で帰宅して、眠る間際。
部屋の外からお父様達とお兄様が声を荒げていたのが聞こえたけれど、わたしは部屋から出ないように言いつけられていたから、何を話していたのかわからなかった。
ただただ不安だけが募り、ベッドの上で膝を抱えて震えていた。
そして次の日、お兄様は警察を辞め――荷物をまとめて、家を出て行ってしまった。
翌日、聞いたところによると。
アインザッツ様を逃したお兄様達は、やはり厳重注意だけでは済まなかったようで。
昨晩一緒に行動していた仲間を守る為にも、お兄様がすべての責任を負って仕事を辞めたらしい。
「お兄様はどこへいったんですか」
そう尋ねても、お父様達は黙ったままだった。
純粋に行き先を知らないのか、わたしに隠しているのかはわからない。
(こうなったら、自分で探すしかない)
でも、どこを探せばいいんだろう?
幼なじみの家に匿われているのかとも思ったけど、幼なじみもお兄様の居場所がわからないらしかった。
仕事仲間の家、路地裏、市場――どこを探しても彼の姿は見えない。
頻繁に家へ戻ってみても、待てど暮らせどお兄様の部屋は空っぽのままだった。
次の日も、また次の日も同じことを繰り返したけれど、相変わらずお兄様は見つからない。
今日も朝から探していたにも関わらず、手がかり一つすら見つからなかった。
「もう夕方になっちゃった……」
歩きまわるうちに辺りが暗くなっている事に気づき、ため息が出る。
お兄様が行きそうな場所は、もう大体探してしまった。
あと探していないところと言えば家の裏にある森くらいだ。
あの森には小さい頃お兄様とよく二人で遊びに行っていて、花を摘んだり……。
「秘密基地を、作ったりして……」
そうだ。
まだ一箇所だけお兄様がいそうな場所で、探してないところがあった。
森の奥の、誰も使っていない小屋。
そこは、小さい頃のお兄様とわたしが作り出した秘密基地。
もしかしたら、お兄様はそこにいるかもしれない。
わたしは森へ向かって駆け出した。
背の高い樹木に囲まれた森の中は、もう夕方ということもあり、進めば進むほど暗くなっていった。
昼間は鳥のさえずりが聞こえていたはずなのに、今は地面を踏みしめる音と、葉が擦れる音しか聞こえない。
それが無性に怖くて、わたしはひたすら小屋を目指した。
(これであの場所にお兄様がいなかったら、次はどこを探せばいいんだろう)
そうなったら後はもう、家で待ち続けるしかできない。
絶望感が一気に体中をめぐった時、顔に冷たい雫があたってきた。
「雨……」
ついさっきまでは晴れていたのに、空は暗い雲で覆われている。
雨粒はどんどん大きくなり、わたしの体を濡らしていく。
このままでは本降りになるだろう。
すこし足早に先へ進むと、ようやく秘密基地にしていた小屋が見えてきた。
「あ……」
小屋の窓に微かな明かりを見つけ、小さく声が漏れる。
わたしは深呼吸をしてから、小屋の扉に手をかけた。
案の定、小屋の中にいたのはお兄様だった。
小屋に入ってくるわたしを見た途端、深刻そうな表情を呆然としたものに変え、お兄様はただわたしの名前を呟いた。
「ハルカ……」
「お兄様……」
……やっと見つけた。ひとまずその安心感に深く息を吐く。
わたしは雨に濡れた髪の毛を整え、お兄様の傍に歩み寄った。
「どうして家を出て行ったんですか」
「……けじめとして、ね」
「けじめなら、警察を辞めた時点でついたんじゃないですか?」
「うん。まぁ、そうなんだけど」
「それじゃあ、一体何が理由なんですか……」
問いかけても、お兄様は床に視線を落としたまま答えてくれない。
「家へ帰りましょう」
「できないよ。――これ以上君の傍にいると、ぼくがどうにかなってしまいそうだし」
即座に否定され、何も言えなくなってしまう。
どうしよう、お兄様の気持ちがまったく見えない。
なんて声をかければいいかわからなくて黙っていると、今度はお兄様の方から問いかけられた。
「ぼくよりアインザッツを探した方が良かったんじゃない?」
……わたしは、ゆっくり首を横に振った。
アインザッツ様の最後の言葉と、わたしを見つめる冷たい目を思い出す。
きっと、彼は二度とわたしの前には現れないだろう。
彼との約束を破ってしまうくらい、わたしはお兄様に夢中になっていたのだから。
「……いいえ。今のわたしには、お兄様を探すことが一番大事でしたから」
素直に思っていることを打ち明けると、お兄様が優しい眼差しを向けてきた。
「――君は、本当に綺麗になったね」
手を伸ばし、わたしの濡れた髪に触れる。
「出会った頃の、何倍も……」
「出会った頃……?」
その表現に少し違和感を覚え、首を傾げる。
次にお兄様から言われたのは、衝撃的な言葉だった。
「実は、ぼくと君は血の繋がりがないんだ」
「え……」
「安心して、君とお父様達は血が繋がってるよ。よそ者はぼく一人」
片目だけを器用に瞑り、人差し指をわたしの唇にくっつける。
「ぼくはお父様の友達の息子だったんだけど、ある日ぼくの本当の両親が亡くなってしまって――身寄りのないぼくを養子として迎え入れてくれたのが、君のご両親だったんだよ」
「そう、だったんですか……」
舞踏会で踊ったときに、ぼくが実の兄じゃなかったらどうする、とは聞かれたけど……まさか本当の事だったなんて。
「うん。君は小さかったから覚えていないだろうけど」
その通り、まったく覚えていない。
今この瞬間まで、彼の事を実の兄だと思っていた。
――お兄様との間に、血の繋がりはない。
その事実が、頭の中を一気に巡る。肉親に恋愛感情を抱くなんて……と、抑えようとしていた気持ちが溢れだす。
それなら……自分の気持ちを伝えてみても良いんじゃないか。
身勝手にも、そう思ってしまう。
「お兄様は、わたしのことが嫌いだから家に戻ってこないんですか」
お兄様の顔を正面から見られなくて、わたしは俯きながらも一歩距離を詰めて聞いた。
「そんなわけないよ。……誰よりも、君を愛してる」
「……それは、家族としてですか?」
何も答えずに黙りこんでいるお兄様は、きっともうわたしの気持ちを察している。
それでも言わずにはいられない。
「わたしは、お兄様のことが――」
けれど、お兄様はわたしの言葉を遮ってきた。
「ぼくと君は、永遠に一緒ってわけにはいかないんだよ。お父様達の勧めがあればいずれぼくも妻を娶るし、君も誰かのお嫁さんになる」
「でも、わたしはずっとお兄様の隣にいたいです」
「……っああもう、黙って」
精一杯の告白を止められた上に、黙ってとまで言われたことにショックを受けて、肩を落として下を向いていると。
「これ以上かわいいこと言わないで……。お兄ちゃんの言うことを聞かない悪い子には、お仕置きしちゃうよ」
想定外の発言に、わたしは顔を上げた。
次の瞬間には、珍しく顔を赤くしたお兄様の顔が近づいて――唇に触れる感触があった。
「な、なんてね……」
お兄様につられて、わたしも顔が熱くなる。
きっと今、自分の顔はりんごのように赤く染まっているだろう。
そしてわたしが、赤く染まった頬を両手で隠した途端。
「……はっくしゅん!」
……情けないことに、わたしは盛大なくしゃみをしてしまった。
お兄様はちょっと驚いた後、テーブルの上に置いてあったタオルを手に取り、わたしに向かって手招きをした。
「髪の毛、濡れてるね。お兄ちゃんが拭いてあげるからおいで」
導かれるままお兄様の前に座り、髪を拭いてもらう。
髪を拭く優しい手つきに、自然と心拍数が加速する。
雰囲気を壊すようなくしゃみをしてしまったというのに、やっぱりお兄様は優しい。
「お兄様は、どうして血の繋がっていないわたしに、そこまで優しくしてくれるんですか?」
「ぼくはそんなに優しいかな?」
「はい、とても」
頷くのと同時に、髪を拭く手が止まる。
「……下心があるからなんじゃないかな。その優しさっていうのは」
「下心……?」
「それにぼくは、優しいだけのお兄ちゃんじゃないんだよ。ずるい男だってよく言われるし」
髪を手櫛で整えながら、お兄様がそんなことを言う。
「優しいだけじゃなくても、どんなお兄様でも好きです」
「……ありがとう。ぼくも君が好きだよ。妹としてじゃなくて、一人の女の子として」
お兄様の顔を見ようと振り向くと、顎に手を添えられて、口づけられた。
その口づけの後に、強く抱きしめられる。
「出会った時から、ずっと君だけが好きだったんだ。でも、君は大切な妹だからこの気持ちは一生隠しておくつもりだったのに……。こうなりそうだったから家を出てきたのに、まさかぼくを追いかけてくるなんてね」
切ない告白に胸が苦しくなる。
お兄様はわたしよりもずっと長い間、気持ちを抑えていたんだ……。
「お兄様……」
どこか辛そうなお兄様を放っておけなくて、わたしは彼に手を伸ばした。
「優しくて、可愛らしくて、ぼくが落ち込んでいる時には励ましてくれて。そんな素敵な子が身近にいたら、他の女性なんて視界に入らない」
伸ばした手を掴まれ、彼に押し倒される。その勢いのまま、お兄様の顔が寄ってきた。
「本当に可愛いな、君って子は」
その言葉に反応するよりも先に、わたしの唇は彼に奪われた。
噛み付くようなキスに体が震える。唇の割れ目を舌が這い、
わずかに唇を開くとそこからお兄様の舌が侵入してきた。
「ふ、っ……んぁ」
舌を絡めとられ、呼吸がしづらい。
「ぁ、お兄さま……ッ」
お兄様と視線がぶつかる。
彼は一瞬動きを止めたけれど、すぐにまたわたしの唇を貪り始めた。
歯列の裏を舌でなぞられ、ぞくぞくとした感覚に襲われる。
鼻からくぐもった声が漏れることに戸惑いつつ、わたしはお兄様を受け入れるように背中に腕を回した。
「……ねぇ、本当にいいの?」
「……構いません。だってわたしは、一人の男性として――」
お兄様が好きなんです。と震えそうになりながらつぶやく。
今までは、お兄様のことを大切な兄としてしか意識していなかった。
とても優しくて、強かな自慢の兄。
いつも自分を守ってくれる大好きな兄。
でも、お兄様の周囲に群がる女性を見たら、いつしか自分もお兄様に一人の女性として認めてもらいたいという欲望が胸の奥から浮き出てきた。
……普通の兄妹でいたなら、きっとそんな感情は出てこなかったはず。
「抱いてください。お兄様の熱を、わたしにください」
そう言うと、お兄様は生唾を飲み込んでからわたしの服を脱がし始めた。
胸元のリボンが解かれ、胸が外に晒される。
シルク生地のドレスを腰の辺りまで下ろされると、次に顔を出したのはコルセットだった。
お兄様がコルセットの紐を解き、わたしを包む衣類を一枚一枚剥いでいく。
「んっ……」
胸に柔らかな感触が触れる。
お兄様の唇がわたしの胸に吸い付き、小さな跡を残した。
「君の肌に触れる日がくるなんて、思いもしなかったな……」
お兄様の大きな手に、胸をやわやわと揉まれると、次第に中央の突起が張り詰めてきた。
張り詰めた赤いそれを親指と人差し指で捏ねるようにつままれ、背をしならせる。
「ああ……っ」
お兄様の手が肌の上を滑る度に、じりじりとした熱が体の奥から生まれてくる。
生まれてきた熱はわたしの体中をむしばみ、早くこのじれったい感覚から開放されたいともどかしい気持ちになった。
「……何の穢れもしらない、綺麗な肌だ」
耳に息を吹きかけられ、肩を竦める。それを見たお兄様は、悪戯っぽく笑った。
不意に彼の細い指がへそのくぼみをなぞっていき、ささやかな刺激に声が漏れた。
「……あ……、んッ」
ドロワーズを剥がされ、脚がむき出しになる。
今度はむき出しになった脚に、お兄様が口付ける。
太ももの内側、柔らかい部分をつかまれ、普段人に触られない場所を指でなぞられれば、体の奥はすぐに疼き始めた。
「ふ、んぁ……ッ」
脚の付根にお兄様の顔が埋まる。
栗色の髪の毛が太ももに当たって、むずむずする……っ。
くすぐったさに身悶えていると、お兄様は下着の上からわたしの敏感な場所を軽く食み、あろうことか歯を立ててきた。
「ン……っ!」
強烈な刺激に、喉から上ずった声が出る。
「……っねぇ、ここ触られると、どうかな? 気持ちいい?」
「そんな事、聞かれても……ッあ」
初めて異性と肌を重ねるのだから、そんな事聞かれてもわかるはずがない。
お兄様は答えられなかった罰と言わんばかりに、再び敏感な場所に歯を立てた。
「ん、あっ……それ、嫌です……っ!」
「どうして?」
「ふ、ぁん……ンっ」
お兄様はいたずらな笑みを浮かべて、わたしの下着の下に直接手を忍ばせた。
敏感な粒を指先でいじり、わたしの中へ指を挿れてくる。
わたしは羞恥のあまり、ぎゅっと目を閉じた。
「ッあ……!」
「ハルカのここ、凄い熱いね……。指を挿れているだけなのに、溶けちゃいそうだ」
お兄様はわたしの羞恥を煽るように話しかけてきて、脚の付け根や太ももに強く吸い付く。
「ここにぼくのものを挿れたら、どうなると思う……?」
中に入ったままの指を動かされ、問いかけられる。
「ぁ、わかりませ……んっ」
だけどそんなこと知るはずもなくて、わたしは考えて答える暇も与えられないまま、お兄様の手によって高みへと上らされていった。
「ひ、ああっ」
まぶたの裏で白い光が弾け、快感に身を震わせる。荒い息を吐いて、ぐったりと目を閉じた。
……経験の差があるから仕方ないとは思うのですが。
なんだかわたしだけが恥ずかしがっているみたいでちょっと悔しい。
目を閉じている間に衣擦れの音が聞こえ、そっと目を開けると、お兄様が自分の服を脱ぎ始めていた。
「あの……」
「ん?」
お兄様は不思議そうな顔をしてシャツを完全に脱ぎ去った。
鍛えられた肌に胸をときめかせつつ、上半身を起こす。
「……わたしだけが、気持ちよくなるのは不公平です」
「え……?」
自分から男性を誘ったことなんて、生まれてから一度もない。
でも、大好きな彼を気持ちよくさせたいという気持ちが、わたしの背中を押した。
急に何を言い出すのかと驚くお兄様の肩を押して、ベッドの上にその体を倒す。
「ちょっと……ッ」
止められるのも構わず、彼のベルトを外してチャックを下ろす。
そこには張り詰めて苦しそうなものあって、わたしは思わず息を呑んだ。
(……なんだか、苦しそう)
窮屈そうに下着を持ち上げるそれに覚悟を決めて手を伸ばし、触れる。
最初は上から力をこめずにさわり、次第に存在感を増すそれを下着から出してあげた。
「ハル……、あッ」
初めて見る異性のものは、既に先の方から透明な汁が滲み出ていた。
こんなに大きなものを自分の中にいれるなんて、と目を見張ったけれど、わたしは意を決して指を絡めた。
(うわぁ、すごく熱い……)
持ち上がったそれを弱い力で握り、上下にゆっくりしごく。
段々と大きくなる熱に比例して、なぜかわたしの体も再び火照っていた。
「……はは、すごいな……んっ、一体どこで、そんなこと覚えてきたの……?」
お兄様の余裕のなさそうな声が聞こえ、視線を下から上へ向ける。
「あ……」
こんな表情のお兄様は、初めて見た。
眉根を寄せていてすごく色っぽい表情に見惚れていたら、お兄様がわたしの肩に手を乗せた。
「ん、もういいよ……」
「え……?」
「これ以上君の指で触られたら、爆発しちゃいそうだから」
爆発しちゃいそうと聞いて、思わず脈打つそれから手を離すと、あっという間にお兄様に押し倒されてしまった。
そして蜜を溢れさせるわたしの入り口に、熱く滾ったものがあてがう。
「……息、止めないでね」
こくこく頷くと、ぬちゅ……と水っぽい音がして、ゆっくりと中へ大きな熱が埋まっていく。
初めての体験に体が強張って、うまく息ができない。
「……っはぁ、あっ」
どうにかして呼吸を整えていたら、思ったより簡単にわたしの中はお兄様の熱を受け入れていた。
そんなに痛みを感じないのは、お兄様がさっきわたしの体をほぐしてくれたからだろう。
「大丈夫? 痛くない?」
「は、はい……」
とは言え、普段何も入らない場所に熱いものが入っているのだから、異物感は相当あった。
お兄様が腰を動かすと、中の肉も絡みついて一緒に動きそうな感覚がする。
「んっ……ふぁっ」
ゆっくりと中を押し広げられ、嬌声を上げる。
誰も入ったことのない中が、お兄様の熱によってお兄様の形を覚えさせられていく。
それがどうしようもなく、嬉しい。
絶対に叶わない恋だと思ってたのに、今わたしはお兄様と肌を重ねている。
夢を見ているみたいだけど、繋がった部分の痛みは紛れも無い本物だった。
「っは、君の中、すごく熱くて……本当に溶けちゃいそうだ……っ」
お兄様がわたしの額に口づけ、耳元で甘く囁く。
耳にかかる吐息すらわたしにとっては刺激的で、彼の熱を締める力は次第に強まっていく。
「あっ! ……ぁあッ……」
腰を動かす合間に胸や脚も唇で触られて、痛みも何もかもどこかへ飛んでいってしまいそうだった。
ぐちゃぐちゃと耳につくいやらしい音も、もう気にならない。
今はただひたすらに、お兄様の熱を感じることだけがわたしの快感に繋がっていた。
「んう……っ」
奥の感じる部分を集中的に突かれ、より強く彼のものを締め付ける。
大きな快楽の波が押し寄せてきて、わたしはひときわ大きな声で喘いだ。
「ん、ッああ……あっ!」
「ッはぁ、……ハルカ……っ」
直後、体の奥に熱い滾りを打ち付けられた。
お兄様のものがどくどくと脈打って、体内に白濁とした液を吐き出している。
「……あ……っ、あ」
一滴も取りこぼしてしまわないように自分の中が蠢いているのを感じ、喉が震えた。
達したばかりのお兄様の顔を見上げると、苦しそうに眉を寄せていて、額には汗もかいていた。
初めて見るその表情が、とても愛おしく思える。
幼い頃からお兄様の色んな顔を見てきたけれど、これでようやく、お兄様のすべて……とまではいかないけど、少なくとも以前よりは知れた気がする。
彼の新たな一面を見る度に、わたしの心は甘く切なく、お兄様の存在で埋められていく。
それがとても、心地良い。
(――わたしの、わたしだけの。大好きなおにいさま)
「あーあっ。勝手に仕事辞めたからお父様達にも怒られちゃったし、このまま二人で駆け落ちでもしちゃおうか」
ベッドの上でお兄様に腕枕をされていたら、突然そんな事を言われた。
お兄様の腕の中で、ゆっくりと目を閉じて考えてみる。
……いくら血の繋がりが無いといっても、わたし達は兄妹として育ってきた。
そんな二人が関係を持ったなんて、気持ち悪いと感じる人も出てくると思う。
それならいっそ、二人だけでどこかへ行ってしまうのも、一つの幸せなのかもしれない。
「それも、ありかもしれません」
「えっ? ウソウソ、君にはそんなことできないよ」
からかうようなお兄様の声に、頬を膨らませて反論した。
「で、できます」
「じゃあ、どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?」
そう言われてから初めて、自分が眉を下げていることに気づいた。
「きみは、ぼくだけじゃなくてお父様達のことも大切だと思っているからね」
う、と苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。さすがお兄様、鋭いです……。
お兄様と二人だけでどこかへ駆け落ちするのも、一つの手だと思う。
でも、そこにお兄様以外の家族がいないのは、すごく悲しい。
「……けど、……わたしは、お兄様がいないと幸せになれないと思います」
「ハルカ……」
お兄様はわたしをぎゅううっとかなり強い力で抱きしめてきた。
そして、悲痛な叫びを上げる。
「……やっぱり、ダメ! 黙って逃げるなんて、そんなことできやしない。ちゃんと挨拶にいかないと気がすまないよ。……ただでさえ、お父様達にとっての宝物である君と関係を持ってしまったんだから」
その言い方に、あれ? と不思議に思う。
生まれてからずっと一緒に暮らしていて、お父様達とお兄様の関係を見ていたからわかるけど……。
「お兄様だって、お父様達の宝物ですよ?」
と小首を傾げると、釣られてお兄様も首を傾けた。
「……そうかな?」
「はい」
周りの人の事はわからないけど……お父様達なら、わたし達のことを認めてくれる気がする。
だから、きっと大丈夫。
「……わたしと一緒に帰って、正々堂々と言いましょう」
「何を?」
「え……っと」
いざ言うとなると、恥ずかしくて言いよどんでしまう。
「わたしが、お兄様を男の人として、……好きって事を、です……」
「ありがとう。ぼくも君が大好きだよ!」
唇に温かな熱が重なる。
お兄様と一緒にいられて幸せだと、切実に思う。
これからのわたし達には、多分色々と大変なことが待ち構えていて。
大切な何かを捨てたり、諦めなければならない時がやってくるだろう。
それでも、暖かいお兄様の腕の中で、私の胸には確信めいた一つの予感が芽生えていた。
それは……どんな困難も二人で乗り越えれば、きっとすべてがうまくいく、ということ。